北海道の巻(7)

1986年8月

第8日

夜の間にちょっとだけパラパラと雨が降ってきたが、朝には上がってしまった。本日は快晴で気分爽快である。朝ご飯を食べて、近くにある飛行場に寄ってみた。紋別空港である。

サロマ湖まではすぐだった。オホーツク海と繋がっているので、淡水の湖では無い。そのオホーツク海に向かって開いている口の北側の先端まで行ってみた。そこにある建物の展望デッキで記念撮影をしたが、黄色のトレーナーに髭だらけの真っ黒な顔があり、右手の指先にはタバコが挟んであるではないか。すっかり忘れていたが、このころまでは喫煙をしていたのだった。確かこの年の冬ごろに止めたのだと思う。現在では煙をちょっとでも嗅ぐと気持ちが悪くなるのに、このころは平気で吸っていたなんて・・・。

地図によるとサロマ湖を挟んで反対側、すなわち西側の小高い丘の上に展望台があるようだ。そこからの眺めもいいだろうということで、さっそく行ってみる。が・・・、さすが北海道である。いきなりの急な砂利道の上り坂である。僕のオフロード・バイクは平気であるが、Y君のオンロードバイクではつらそうだ。展望台の入り口が峠になっていて、そこに小さな駐車スペースがあり、そこからは山登りになる。涼しい木陰の小道をしばらく登っていくと、急に視界が開けて、眼下にオホーツク海が広がった。手前、ほとんど足元のようにサロマ湖が見下ろせる。「うわーっ!」思わず声が出る。晴れてはいても、やはり海は霞んでいる。ほどなくY君も追い付いてやってきた。

サロマ湖と言えばホタテである。昼食はホタテ定食を食べた。サロマ湖周辺をゆっくりと走りまわり、網走市に入った。とたんに交通量が増えて走りにくくなった。

網走と言えば番外地。網走刑務所は一大観光地となっていた。川に架かる橋は徒歩で渡らなければならず、こちら側にはお土産屋さんがたくさんあった。橋に一番近い店にバイクを預けて渡って行った。そこから先は別の世界である。TVなどでよく目にする門があった。受刑者が製作した家具などを販売している建物とか見物して歩き、こちら側に戻ってきた。川というのは、我々日本人にとっては実にわかりやすい記号である。此岸世界と彼岸世界を別けている境なのである。そのような宗教的な意味も含めてこの地にこの刑務所を設営したのであろうと、橋を渡って戻るときにわかった。

その後で、郊外の丘の上の展望台に登って網走市街を一望した。針葉樹の緑の森が一面に広がっていて、オホーツク海との境にちょっとだけ白い部分がある。そこが網走の街だ。大自然の中に人間達はぎゅっと身を寄せ合って住んでいるんだ。

僕はストーブの燃料ホワイト・ガソリンを捜しに市内に入ることにした。Y君とは途中の交差点で別れた。知らない街を走りまわるのは得意ではない。いつのまにか方向感覚が無くなってしまう。不思議と山の中だとこんなことは無い。商店街を見つけてバイクを止めて歩いて捜した。しばらく歩いてようやく見つけたホワイト・ガソリンは缶入りで高かった。いつも仙台ではポリタンクを持参して秤売りしてもらってるだが、その5倍ぐらいの値段である。それでも、これが無いとご飯が炊けないので仕方が無い。やっぱり、ホワイト・ガソリンのストーブなんて止めて、ガス・ストーブにしようとここで決意した。ガスのカートリッヂなら安価に入手できる。その後、実際に仙台に帰ってからイワタニ・プリムスの製品を買ったのだった。

今回の旅にはもう一つ目的があった。ここ数年音信不通になっていた学生時代のみどり荘の仲間大場君を捜すことだ。彼の実家は美幌町の駅前の本屋さんだと言っていた。そこに行って聞けばわかだろうと思っていたのだ。偶然にも、サロベツ原野で出会い、クッチャロ湖で再会した女子大生S子さんが美幌町の駅前の民宿でアルバイトをすることになっていた。あまりにも偶然ではあるが、今夜の宿はその民宿に決めたのだった。電話帳で捜したら簡単に見つかり、予約OKであったのだ。ということで、一路美幌町へとバイクを駆った。

西部劇が好きだった。子供の頃のTV番組は西部劇がいっぱいあった。それは米国の西へ西へと進む開拓の歴史の物語だった。北海道にもそのような開拓の物語がそのまま残っているような風景がある。そのような風景の中をバイクで走るのは、乗用車のガラスの内側から覗き込んでいるのとはまったく違った体験である。

美幌の民宿はすぐに見つけた。部屋に入って着替えて、まずは洗濯である。ついでに体も洗った。

夕食までにちょっと間があるので、大場君の実家の本屋さんを捜しに歩き出した。確かに駅前の本屋さんだと言ってたのだが、最初に目についたところに飛び込んだら違っていた、このずっと先らしい。薄暗くなったゆるい登りの道をゆっくりと歩いた。古いものと新しいものがモザイクのように交じり合った楽しい風景だ。

と、突然目の前に熊が現れた!と思ったが、「グワーッ」と聞こえたのは聞き間違いで、「うわーぁ!」と叫んでいるのは、僕らのみどり荘で北海道の熊と呼ばれていた大場君その人であった。「おぉーっ!」と叫んだのは僕であった。薄暗い夜道で男同士が抱き合って叫んでいるのは確かに異様な光景ではあろうが、お互いにまさかこんなところで再会しようとは思わなかったのだから許されても良いだろう。捜していた僕よりも、捜されていることを知らなかった大場君にとってはその驚きたるや相当なものであったらしい。

かくかくしかじかと、まずはお互いのいきさつを話して、明日の夜に大場君の家に泊まることにして別れた。

その夜の民宿での食事はスペッシャル・ジンギスカンであった。とても全部は食い切れず残してしまった。うまかった!ビールの酔いと、日頃の疲れと、旧友との再会と、久しぶりの畳と布団の暖かさにぐっすりと眠ってしまった。

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