ドイツ語

生まれ育ったのは東北弁。東北弁と言っても江戸時代の藩によってかなり違うし、町によってもイントネーションが微妙に違ったりする。とはいえ、自分で歩ける範囲しか世界は無い子供時代にはそんなことは問題無い。自分の回りで話されている言語がすべてなのだ。ラジオから流れてくる標準語はほとんど理解できなくて、小学校2年生の時にテレビがやってきてから、ようやく標準語になじんだ。

しかし聞き取ることは出来ても、まだ標準語は話せなかった。なにしろ使う機会がまったくないのだから。教科書は標準語で書いてあるものの、先生の授業は東北弁のままである。中学になって英語の授業が始まった。自分にとっては新しい言語であるし、面白くて熱中した。その頃、テレビのCMではトランジスタラジオ「ナショナル・ワールドボーイ」と腕時計「セイコー・ファイブ」、そしてタイプライター「オリベッティ・レッテラ・ブラック」が流れ出して、なんだか気分もうきうきするような時代だった。高度成長期の波が田舎にもやってきたのを敏感に感じたのだろう。母がテープレコーダーを買ってくれて、しばらくはラジオから、歌謡曲や流行のイタリアのジリオラ・チンクエッティとかフランスのシルビー・バルタンなどの歌を録音して聴いていたが、そのうち先生に頼んで英語の教科書のソノシートを録音して生の英語の発音を聞くようになった。さらに3年生の時にはNHKラジオ英語会話を聴いて松本亨とヘレンの冗談に笑えるようにまでなった。しかし、まだまだ生の英語に接する機会は全くなかった。田舎にはガイジンがいなかったのだから。


ガイジンと言えば、小学校4年生ぐらいの頃だったか、下校途中の大きな木の下で紙芝居を見せている二人組が居たことがある。言葉は片言の日本語だったけど、キリシタンの気味の悪い絵で、恐怖を覚えてみんな走って逃げたことがル。後には泉谷のポンプ小屋(人力で消火活動をする消防ポンプをリヤカーに乗せて格納してある消防団の小屋)の前に居たこともあり、家族からは近づいてはならぬと厳命された。それが初めてガイジンとの遭遇ではあった。キリシタンの布教活動だったのだ。今でもこの手の自転車に乗った二人組に遭遇することがあり、つい一月ほど前には声をかけられもした。あるいは日本人の数人のグループが家庭訪問をして小冊子を配っていたりする。布教活動というか人集めに必死なのはわかるが、日本ではキリシタン信者はまったく増えない。いいかげんにあきらめた方がいいのではないか。話が脱線してしまった。


高校でも英語の授業があったが、以前はドイツ語だったらしい。というのはドイツ語の先生が残っていたから知ったのだけど、その先生のあだ名はもちろん、ドイッチだった。

大学に入ったら大変な事になった。なにしろ日本全国から集まってきているので、東北弁では会話が通じないのだ。長崎弁と東北弁では英語とドイツ語程度の違いがあるのだから。そのドイツ語が第二外国語としてやってきた。第二外国語というか、僕にとってはそれよりも先に標準語の習得の方が問題である。英語の次に標準語、第三外国語がドイツ語という順番だ。必死になってテレビで聞き覚えたはずの標準語を使っていたせいか、夏休みに帰省したら口がこわばってしまい、東北弁がしゃべれなくなってしまっていた。

英語の先生はおじいちゃんだった。テキストの古い英国の文学をただひたすら訳すだけという、おそろしく退屈なもので、これでは生きた英語は学べないと思い、神田の東京堂の二階に行って現代アメリカ語のペーパーバックを買い込んで読みまくった。当時は輸入物の男性誌のある部分はマジックインクで真っ黒に塗られていたが、ペーパーバックの文字はそのまま何の検閲も受けていなかったので、まさに生きた教材であった。発売されたばかりの研究社『アメリカ俗語辞典』まで買いこんで、大笑いしながら全部読破したくらいだ。もちろん文学も読んだし、翻訳物は全部読み尽くしてしまったアガサ・クリスティ最新作も読んだ事を名誉のために付け加えておく。

そのせいか、ドイツ語は5年もやったのに、まったく身につかなかった。そもそも一番最初のテキストがひどい。『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたづら』というもので、わけがわからない。ドイツ語自体も問題大ありだ。まず冠詞や動詞の格変化。こんなの使えない。さらに人や動物だけじゃなく、物にはみな性別があるなんて。確か船は女だったと記憶するが、あとはすっかり忘れてしまった。

今現在、ドイツ語なんてまったく目にしないし必要ともしない。ドイツ語に5年も費やすなんてなんて無駄なことをしてしまったんだ。

あれっ?

なんだか、いい感じの歌が聞こえてくるなぁ。おっとこれは!

なんとロシア語ではないか。

カチューシャだけなら、こんなのも

ロシア語は響きがいいので、好きな言語だ。

しかし、今問題にしているのはロシア語ではなく、ドイツ語である。そう、この「ガールズ&パンツァー」のパンツァーがドイツ語なのだ。日本語なら戦車。英語ならばタンクだから、ガールズ&タンクと書くべき所をわざわざパンツァーと書いてヒットしたのだ。英語とドイツ語のミックス恐るべし。

それにしても、戦車道って・・・。

2013年6月2日 記